基本制度一新の歴史的必然性

歴史の捉え方には、直線的なものと円環的なものの2つがある。日本での直線史観の代表的な作品は、水戸黄門でお馴染み徳川光圀の「大日本史」で、神話の時代から始まって代々続く天皇を中心に記述される。西洋では中世キリスト教界最大と言われる聖アウグスティヌスによる「終末」をキーワードとする直線史観が代表的である。

 一方、円環史観の日本での代表的作品は幕末のベストセラー「日本外史」を著した頼山陽がまず挙げられる。今の日本史の教科書の基本的構成でもある「平安時代、鎌倉時代、室町時代…」といった区分の元ともなった。各タイトルに「足利氏」「新田氏」「織田氏」などと並んで「徳川氏」も入れたため、読者は当時絶対視されていた徳川家をも相対的に見るようになり、倒幕を大きく推進させたという。あと、西洋での円環史観の代表的人物といえばギリシャ時代の大哲学者プラトン。彼の「僭主制」「寡頭制」「貴族制」「民主制」の4区分が回転する歴史観は、日本史で長期政権が新制度をつくるも徐々に衰え、反乱の後に短期政権がとって代わり、その後また長期政権に変わる回転とそう変わらないと言われる。

 直線史観と円環史観のどちらが正しいかと言うより、どちらが馴染みやすいかという話になると、各人の生い立ちが深く関係してくる。最近話題になった本で「不良は(脳的に)ケーキを均等に切り分けることができない」という話がある。円筒状のケーキを切り分ける場合、まず大きく2つに切り分け、次に4つへ、という方法や、あるいは5等分、6等分、といった切り分け方があるが、不良はどうしても斜めにずれたり、大小様々になってしまうという。円環史観も戦争時代と平和時代、また上記のプラトンのような4区分に切り分ける見方をするが、確かにプラトンは若い頃からソクラテスの優秀な弟子で不良ではなかった。ソクラテスの有名な「産婆術」という方法で質問に次々と答えながら真理を導いていき、師の処刑後は自ら学校「アカデメイア」を立ち上げ、哲人政治の実現を目指した。恋愛もプラトニックラブの語源となった通り真面目だったと推察される。また日本の頼山陽も非常に真面目な文化的な交際が知られており、弟子筋の江馬細香は生涯独身を貫いたという。

 逆に直線史観の代表者の方は若い頃に大変な不良だった人が多い。聖アウグスティヌスは北アフリカで本人も後に告白した通り荒れ狂っており、同棲した女性との間に子をもうけたり、乱れた生活は15年に及び、やがてキリスト教に改心して後年には最大の教父となった。日本の水戸光圀も若い頃は散々遊んだ不良だったが、史記の一節を読んで目覚め真面目になったという。2人ともたぶんケーキを均等に切り分けられない不良だったはずで、だから円環史観に馴染まないとも言えるが、さらに不良だった若い頃から真面目な老年へと直線状に進んだ人生から、歴史も直線史観の方が馴染みやすかったと思われる。

 一方、若い頃から真面目だったプラトンや頼山陽の場合、なぜ人生に幸福な時と不幸な時があるのか、それが交互に訪れることから歴史観も戦争の時代と平和な時代が交代する円環史観の方が馴染みやすかったと思われる。円環史観の持ち主は現代ではあまり見なくなったが、決して愚かではない。出版15年周期説を唱えた故山本七平氏、商業40年周期説を唱えた故渡部昇一氏、世界史500年周期説を唱えたプラグマティズムの創始者でもあるパース、経済でもコンドラチェフの波や景気循環、易占の60年周期も高橋乗宣氏をはじめ景気動向を占うのに用いる人が多い。

 制度というものは出来た当初は新鮮でも、制度疲労という言葉も実際ある通りやがて古くなり通用しにくくなる。社会状況が変わったり、人々の構成も代替わりで一新されるからでもある。それでも制度の大事なところは残しつつ対症療法で部分修正するものが改革だが、江戸時代の享保の改革や寛政の改革などのように一部良くなっても全体としての衰退は免れない。やがて西洋の技術や考え方を全面的に輸入する明治維新を招き、大日本帝国憲法の発布となる。

 現代は戦後に戦勝国アメリカの指導のもとで始まった日本国憲法の時代だが、いろいろと見直しが求められている。それは第9条の改正だけではなくもっと広い分野に及ぶ。諸外国では日本ほど憲法を長く変えない例は少なく、けっこう国民投票で変えているけれども、日本はなぜか変わらず、しかも変えにくい。論理的思考の乏しさ実行力の無さによるものか。前々から日本の場合、中国や西洋など海外の文化を全面的に採り入れることで制度を一新させてきたが、今回はもう学ぶべき外国はない。ではどうするか? 近代ヨーロッパがそうだったようにルソーやモンテスキュー、ロックなどの哲学者や思想家の考え方を検討するしかないように思われる。

 そもそも3本柱と言われる「基本的人権の尊重」や「国民主権」、「平和主義」も過去の王政や戦争への見直しから始まったもので、今やそれが当たり前となり、再び王政に戻る可能性も低い中では新たな3本柱を用意するべきではないのか? 例えば「真理の追究」「富の追求」「秩序の実現」の3つを立てた場合、1番目は引き続きノーベル賞大国、技術立国、グルメ大国、観光大国の道を歩み、2番目は貿易大国、3番目の中に基本的人権や国民主権、平和主義などを含めたものにする。詳細は「メニュー」内を参照。けっこう当然な3本柱だと自分は思っている。

2. 知識の正体

【前回までのあらすじ】

「なぜ文法の五段活用は絶対なのか?」とメタ哲学者は考えた。制御回路には4つの要素しかないけれども、母音字5文字を使って5つの要素に変えると見えてきた。

エアコンや調速機などが温度や速さを一定に保つ仕組みを図示した左図に対し、右図は段階式に制御する様子を示している。まず自我と対象との間に「持つ」や「歩く」などの特徴をつくり、自我にフィードバックして意識を生じる。生じた意識に観念が関与して制御する。母音字との関係は、「持つ」や「歩く」などの終止形が手や足などの各器官、「持って歩く」のような連用形が意識、そして「道が凸凹していれば気を付けて歩く」のような仮定形が大脳新皮質の観念に当たる。

【1. 各段階の状態に対応する状態がある】

まずは上図の各段階に間隔をあけよう。

今回は、赤い円と青い円のところに入る図について考えていく。まずは赤い円の方。

上図の左側では、対象がインプットで意識がアウトプットになっているのに対して、右側は逆に意識がインプットで対象がアウトプットになっている。右側の赤い字で書いているように、例えば「よぉ~く見てください」と発言する場合、意識を込めて相手に命じている。それを聞いた相手は目で見るとともに、よく見るという意識を生じている。ちなみに、インプットとアウトプットとの間にフィードバック回路を挟む同じ形の図は、アメリカ政治学会第4代会長のイーストンも議会政治を表すのに用いており、ここからヒントを得た。

【2. 仮定形と大脳新皮質】

今度はその次の段階、青い円の方について。

左側は、生じた意識に観念が関与して安定する状態。見れば、聞けば、持てば、歩けば、迷ったり興味を持ったりいろいろな意識が芽生える。これらの「~れば」という仮定形に「この文字(形、音、声)は何々」という観念や、「この棒はこう振る」という観念が関わる。大脳の外側で特に人間に発達している新皮質の部分である。一方、右側の図は、「この文字を見ればこう読め」や「この棒を持てばこう振れ」というように、仮定形と命令形が重要である。前者は国語や算数の教師、後者は体育や音楽の教師をイメージすれば分かりやすい。

【3.自己そのものと知識そのもの 】

我々は、認知パターンや行動パターンがそれぞれ違う、何を見ればどう読むか、何を持てばどう使うか。したがって左側の図は自己そのものである。自我と自己とは違う。自我は中心的だが、自己は自己紹介で出身地や現在住んでいる所、家族、趣味、特技などを話すようにもっと広い。これらを明らかにすることで、どう見るか、どう振る舞うかというパターンが絞られてくる。

一方、これらの自己に対応する右側とは、「何々という文字を見ればこう読め」「こんなラケットを持てばこう振れ」という仮定形と命令形の図。目の前に教師がいなくとも、認知パターンや行動パターンを限定させるものこそ知識である。自己と知識は対応している。知識を豊かにする段階的な流れもいずれ後述する予定。

1. メタ哲学の道

全ての学問の基礎に哲学がある。もちろん宗教も哲学には勝てない。哲学は学問の王である。これから新しい政治や法律を進めるとしても哲学がなければ決して成功しない。

なのに現代人の多くは難しい哲学を避けている。だから閉塞はずっと続いているが、令和になって果たしてそれは変わるのだろうか?

特定の哲学者の本を読んだだけで哲学をやった気になっている人も多いが、いやほとんどだが、これでは諸学の王ではなく諸学の1つとしての哲学科に過ぎない。

王としての哲学を本格的にやるのなら、始祖タレスから始まる哲学史を全て網羅しなければならない。ただ原書を読む時間も必要性もない。要旨をまとめた入門書でも十分である。なぜなら大哲学者のアイデアとは前の大哲学者を基にして展開しているからである。いちおう私は中央公論社の「世界の名著」を父が全巻買っていたので高校時代から親しんでいた。序論は全て読み、高校3年の時に事故で2ヶ月入院している間にそれは熟成された。

このような哲学史全てを網羅した上で次に進むとしたら、メタ哲学と呼ばれるものしかないことはずいぶん後になって知った。そもそも出身地もメタにちなむ地名だったのに気付くのが遅かった。今になって本当に思う。自分はメタ哲学者だった。35歳の時に最後の3冊目の著書を出したのもまさしくメタ哲学そのものだった。

メタ哲学の中に、哲学も哲学史もある。メタ哲学の先駆者として真っ先に挙げられるのはウィトゲンシュタインである。彼は若い時からメタ哲学者的で、大学の中はうるさくて馴染めず外に飛び出し、小学校の教師や庭師などの職業を転々としながら考えたり書いたりしていた。どこに行っても周りから変わり者扱いされていたが、ラッセルやケインズなど分かる人には分かるようで、そこが彼にとっては幸せだった。私もラッセルにそっくりな顔の論理学の師や、ケインズを信奉している師などはいたが、現場仕事や事務仕事や管理職教職その他いろいろしながら、海外旅行に行ったり家族ができたり、そしてネットに公開したりしている。

ウィトゲンシュタインの場合、細かく考えた「論理哲学論考」を著した前期ウィトゲンシュタインの時と、言語ゲームに行き着いた後期ウィトゲンシュタインの時とがある。私も衣食住の三界を網羅した前期と、現在の後期とがある。彼の言語ゲームは私の場合は前期の中のEの法則に該当する。

ようやく本題になるが、今は自説のタイトルを本ブログの通り「5素サイクル」とし、5つの要素(観念、意識、自我、特徴、対象)が最近の記事の通り5つの音(あいうえお、未然連用終止仮定命令)に該当することが中心になっている。

つまり、終止形の「持つ」や「歩く」などが手や足などの器官に当たり、もちろん「見る」は目、「聞く」は耳などの器官に当たり、「見て、持って、歩いて」と連用形になると意識が該当し、「もし、~すれば」と仮定形になると、大脳新皮質が関わってくる。

「持たない」や「歩かない」、「見ない」、「聞かない」などの未然形は自我が該当し、命令形は「~を・・しろ」というように対象が関わってくる。初めて読む読者には見慣れないモデルの基になっているのは、コンピューターの創始者、ノーバート・ウィーナーのサイバネティックスである。

代表的な制御回路は、室内の温度を一定に保つエアコンや、速度を一定に保つ調速機などの機械、そして矢を的の中央に当てようと調整する人間などが該当するが、この4つの要素からなるモデルよりも、5素サイクルの方が正確でかつ五段活用とも合っている。もしよろしければ、上のメニューから大系を見て、西洋哲学史を包括するところまでは読んでいただきたい。