革命に戦争は必要か?

長い歴史の区切り方として、安定期と不安定期とがある。言い換えれば戦争と平和だが、この考え方を嫌う人が多い理由はまさしく、現代の平和がいつかは終わり、再び悲惨な戦争になるからだろう。

その萌芽は確かにあり、イスラム国のようなテロリスト、北朝鮮のように核実験やミサイル発射実験を繰り返す国、アラブとイスラエルなどを見れば、何か起きても不思議ではない。しかし、起きたら最後、キノコ雲とともに大多数の人々がいなくなる。そう考えると、たとえ今の平和に様々な問題があっても、戦争だけはあってはならないと思うのも当然である。

しかし、ダラダラと平和が続くことによっていつまでも問題が解決されなかったり、ゆでガエルの喩えのように無自覚に衰退が進行するのも困りもので、歴史上の英雄の多くは、悪徳支配者を武力とはいえ成敗して次の平和を確立したことが賞賛されている。

以上、考えていくと、別に戦争がなくとも衰退した平和を何らかの方法で次の平和につなげることもあり得るのではと思えてくる。例えばスポーツかというと違う。どの戦争期も技術上の大革新を伴うものだからだ。

むしろ、技術上の大革新の面だけを考えていくと、ウィンドウズ95のことがどうしても出てくる。1995年を境に世界は確かに大きく変わった。

1995年から、ウィンドウズパソコン、インターネット、ユーチューブ、フェイスブック、ツイッター、スマートフォン、と技術上の大革新が行われた。そして世界中が1995年以前とは比較にならないくらい変化した。

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北朝鮮のアピール

北朝鮮の行動に対して、今まで明確に説明できた文章を見たことがなかったものの、最近ある記事を目にした。元ヤクザから見れば、北朝鮮は「アメリカに沈黙されることが怖いから」ミサイルを発射しているのだと。果たしてそうだろうか?

本ブログでは同じ状態にある者を比較して考えるが、どうも規模や関係が違うことから今一つピンと来ない。

それでは状態として明確に何だと言えるか? いつも日本は唐突にこのニュースを受けることから、ΩKであることは間違いない。すなわち権利行使だ。

北朝鮮が権利を持っていることを示すためのミサイル。発射しなければ諸外国は注目しない。

循環型社会の特区になり損ねた湾岸

鈴木俊一東京都知事は絶頂期にあった際、東京湾岸に「世界都市博覧会」を開催しようとしたものの、都民の猛反対にあって頓挫した。反対した筆頭は青島幸男元参院議員。芸能人でもあり知名度に勝る彼は選挙活動もろくに行わず都知事に当選し、都市博中止を決定した。

 

1990年代前半、青島都知事は突如「循環型社会」を提言した。その背景に何があったか、もしかしたら、都市博を中止した跡地に何をするべきか悩んでいた青島氏に循環型社会の実験を行う提案があったかもしれない。その後、東京都は循環型社会を推進し、青島氏は知事退任後に「循環」と題する絵を出品した。

 

博覧会のアイデアはその後、堺屋太一氏の目論見で愛知県で行われ、「愛・地球博」が開催された。それは成功と言えるのか? 6ヶ月間のうち5ヶ月は閑古鳥が鳴き、最後の1ヶ月だけ盛り上がったのはそんなものらしいが、堺屋氏の発想自体、「大量生産、大量消費」の遺物であり、大量のゴミが発生し、現代では誰も回顧しない。前時代的(古い)と言える。

 

東京湾岸の方は、賭け事に使用する議員連盟が一時期盛り上がった。その署名者の中には自民党も多いが敵対する野党や小沢一郎の名前もあった。正体はそんなものだ。

 

やがてこの跡地を東京オリンピックに利用する案が持ち上がった。そのためには築地が邪魔になるため、市場を豊洲に移そうとした。それを反対して当選した人が小池都知事である。

 

循環型社会の方はいまや当たり前になったのか顧みられず、実験場としての「特区」のアイデアは竹中平蔵氏が推進して全国に進めてみたものの、これも安倍総理と特定の業者との癒着が指摘され、マイナスイメージがつきまとうようになった。

 

 

4者交換の歴史

昔、海辺に住む者は魚介類を獲り、山に住む者は狩猟や農耕で暮らしていた。やがて、ご飯のおかずに魚を食べたくなった先祖は、米と魚を交換するようになった。これが2者交換の起源とすれば、直接交換ではなく業者が関わる段階が次だと思う。すなわち、貨幣が登場して魚を大量に買う一方で、米を大量に買う業者も現れ、露店にて売るようになる。

江戸時代に入り、大阪に世界初の米相場が登場する。大量の米は卸売業者が買って各店に売り、各店が米屋となる。その仕組みが他の製品にも及び、さらに工業品までもフォードシステムで大量に造られるようになると、いわゆる「大量生産、大量消費」という言葉に見られるような近代化が起きた。

これを合理的、合理化と呼んで良いのかは、次に起きた環境汚染問題で答は明白だろう。深刻な環境汚染はゴミの大量投棄への強い反省を促し、トヨタカンバンシステムのように在庫を抱えない方法に変わっていった。そして、リサイクルが定着して資源を有効に活用する風潮が強まった。実は江戸時代も、人糞による肥料の活用、木製家屋をはじめ循環型経済だったという指摘もある。

ところで、循環というのは単に資源の話ではない。例えば料理の味についても、美味しい味を一子相伝で継承するのではなく、広域に伝播、改良、発展させていく場合は螺旋状に進化していっている。その時期といえば、前世紀末のグルメ漫画「美味しんぼ」の爆発的ブームからだろう。ここから人々の関心が変わり、「料理の鉄人」や「ラーメンブーム」も広がった。比較して発展途上国をはじめ多くの国はまだここまで螺旋状の進化はない。

本サイトでは全部で9つの循環を紹介しているが、実はまだ自分でもよく分からないことが多い。資源のリサイクルは最初からリサイクル可能な素材で全て造っていれば良いし、ノウハウの循環もメディアやネットがこんなに広がっているのに広がりが少ない。事故防止の観点から多数のルールも螺旋状につくられているが、いつの間にかルールを守ることが先行してルール破りが糾弾されている。

未開から文明への途上の先に螺旋状のシステムがあることを踏まえ、4者交換法を設けると良いと思う。

主我と客我の違い

ツインサイバーシステムの中心概念といっていい自我だが、状態を考える上でそれは対象に対する主体であり、構え方によって主我と客我の2つに分けられる。

主我と客我という言葉は社会学者のミードが使用したことで知られるが、ここでは更に、ものを見るときには主観的自我と客観的自我に、動く時には消極的自我と積極的自我に分かれることを端的に主我と客我で表す。

しかし、それでも現代人には受け入れがたいようで、構造主義のレヴィ・ストロースが実存主義のサルトルに論争で勝ったとされて以降、ますます構造が全てで自我などとんでもない、チョムスキーの言語学は自我があるから駄目だ等と見なされるようになった。

そうだろうか? 対象に対する主体自体は否定しようもない事実で、哲学者のフィヒテも自我と彼我とを初めとする。

そして、彼我、つまり対象には様相的側面と物体的側面2つがある。物体には摩擦抵抗がある。この摩擦抵抗の大きさが外乱値であり、目的値を妨害して実現値が低下する。実現値を目的値通りにするため、もろもろの技術や方法があり、人間が物体をコントロールする場合、技術や方法の関与で系全体は安定し、技術や方法が関与していなければ系全体は不安定になる。

ただし、「火事場の馬鹿力」のように、各所のリミッター、ブレーキがない、つまり摩擦抵抗が少ない状態の場合、方法や技術は関与しない。これを主我とし、その前が客我なのだ。坂道の登り坂と下り坂と言ってもいい。

一方、我々がものを見る過程においては逆で、景色や風景を眺める時は摩擦抵抗なく見る主我であり、客我になるとその様相的対象は認識上困難な相手になる。それでも対峙し続け、考え、推理し、洞察しようとする。

命令を出す前に多くの段階がある

21世紀型軍隊の代表として、アメリカ陸軍の「ストライカー旅団戦闘チーム」(SBCT:Stryker Brigade Combat Team)の話を木元寛明著「戦術の本質」が紹介している。

 

兵員4200人、車両1000両、全車両がデジタル機器を搭載し、ネットワークでつながっている。

 

その状況判断プロセスは、任務の受領から作戦計画・命令の作成に至るまで7ステップあるという。

ステップ1:師団司令部から旅団長に作戦計画が与えられる。

ステップ2:任務を分析して必成目標と望成目標とを分け、任務達成の上限と下限を明らかにする。

ステップ3:行動方針の案出。達成可能な任務、費用対効果、企図との適合など複数列挙。

ステップ4:行動方針の分析。各解決策を具体的にシミュレーションする。

ステップ5:各行動方針を比較して最良のものを1つに絞る。

ステップ6:幕僚が提出した案を旅団長が承認する。

ステップ7:幕僚は決定した行動方針を簡潔明確な命令に変換する。

 

以上を実施時間までの3分の1の時間で実施し、残る3分の2の時間が大隊以下の時間になる。

 

こうして見ると、北朝鮮が特にそうだが、トップの思いつきに全員が従う例は確かにおかしい。日本の企業においても、たくさんルールを作るのは良いが、ルール同士の軋轢や旧ルールとの調整、時間的浪費、費用対効果などたくさん問題がある。

 

命令を出すからには、その命令を出すことによる結果の分析を幕僚クラスが行い、分析結果を旅団長に提出し、承認して初めて全体のまとまりが生まれ、幕僚が具体的命令を出す。それを時間限定で行う。

 

本サイトとの関連性で考えれば、具体的指示命令を出す前のフィードバックということになるが、多くの場合はトップからの叱責を恐れたり感情が邪魔をしてあまり検討もされず命令が出され、結果、現実と合わず失敗していた。この方法だと、最新の機器とデータ、ネットワークを使い、トップも賢明な指示を出すべくフィードバックに参加する。

 

 

 

共通言語としての哲学

世界情勢が日に日に厳しくなってきた。北朝鮮のミサイル実験、中国の尖閣諸島接近、イスラム国によるテロ、韓国の慰安婦像、アメリカも第一主義を掲げている。

戦争と平和とは交互にやってくると言われるが、平和な期間とは戦争の勝者によって全てが塗り替えられた後のことであり、戦争の期間とはそれがグラついてからのことである。

戦争の勝者たる国は、帝国を称したりもするが、宗教的に塗り替える場合が多い。キリスト教に染めたり、儒教に染めたり、イスラム教に染めたりする。

しかし、宗教は染めやすい反面、元がしっかりしていないためすぐに色あせてくる。そもそも、地域や民族ごとにその地に合った創生神話やルールがつくられた延長上に宗教があるので、恒久的に合わせられることはまずない。

それを分かってきたからか、現代社会では「思想信条の自由」や「内心の自由」、そして「宗教の自由」が認められている国が多い。ただし実際には、進まない、進められない国が上記のように騒動を起こしている。

騒動に適切な手が打てなければ、核戦争もあり得る時代。ここは宗教ではない、もっと別の何かを使って鎮静化をはからなければならない。

その鍵こそが哲学だと思う。哲学は宗教とは違い創生神話を持たない。人間の「見る」「動く」「考える」等の状態を普遍的に極めていくため、国家間の争いにも効果があると思われる。

「哲学が活発だった近代以降もヨーロッパでは戦争があったではないか」という反論もあろう。それは哲学がアンバランスだったからだ。

本サイトの通り、ギリシャ哲学から18世紀の近代認識論哲学までは知覚面に偏って行動面の考察が不十分だった。そのためナポレオン戦争が特にそうだが知的で科学的な戦争が進んでいった。次に19世紀のヘーゲル哲学までになると、第1次大戦のように戦線を延ばし塹壕に篭って膠着した。

やがて20世紀の実存主義が登場すると、ヒトラーやロンメルのように邁進する第2次大戦へと移るが、サルトルに至ると戦争は収まった。以後、本サイト的には哲学史は完結してバランスを保ち、先進国では戦争がなくなった。

新しい哲学というよりも、既存の哲学史のこのような見直しを普及してこそ、平和がもたらされると考える。