人類の精神史に神秘が絡む

 「太ったブタより痩せたソクラテスになれ」で有名な古代ギリシャの哲学者ソクラテス。

 当時、知識を商売にするソフィストたちが横行する中で、彼だけは違った考え方を持っていた。お金を支払って文芸や数学を教えてもらうのではない。若者1人1人に対し彼は質問を何回も投げかけ、その問いに答えていく中で若者は自分の中に隠れていた真理に気が付いていく。

 この方法を哲学史では「産婆術」と呼び重視する。他のソフィストにとっては商売の邪魔になる。最期はとうとう裁判にかけられ毒杯をあおって死ぬことになった。優秀な弟子のプラトンは死なないよう懇願したが、「これも裁判結果」と返された。

 プラトンはその後、「アカデメイア」という学校を創設。後のアカデミーの語源になった。そして、「洞窟の比喩」を用いて、一般人はまるで洞窟の中の囚人のように壁に映った看守の影しか見えてない。真実は背後にいるのに、と言い、真理(イデア)と人間との構図を示した。イデアも後のアイデアの語源となる。

 プラトンの弟子のアリストテレスは、師匠が上ばかり見て足が地から離れていることを批判し、真実は地上にあると下を重視した。動物を分類し、植物を分類し、政治形態を分類し、分類そのものを研究し(範疇論)、「形相と質料」という構図を提示した。

 ギリシャ哲学史はこのアリストテレスでいったん終わり、しばらく大哲学者は出て来ない。長い中世は前半がプラトン寄りのアウグスティヌス(終末論)、後半がアリストテレス寄りのトマス・アクィナス(スコラ哲学)が登場し、煩雑なスコラ哲学の教義への反発から近代が芽生え、17世紀フランスのデカルトが理性を発見して再び哲学史が進み始めた。

 こう見てくると、ソクラテスの登場が非常に重要だと分かる。ただ彼の登場は一種神秘的だった。

 そもそも当時まったく売れてない貧乏な思索家の1人。このままいけばメジャーにならないまま死に、歴史の中に消える存在だった。

 しかし、劇的なことが起こった。ある神殿にて、「この世で一番賢い人は誰?」との質問に、デルフォイの神託は「ソクラテス」と巫女を通じて答えたのだ。みな驚いたが、本人は真摯に受け止めた。

 つまり、神託がなければ、プラトンもアリストテレスも出て来ず、中世の哲学も近代の理性哲学も今とはまったく違ったものになっていたのである。

 これは大変なことで、現代に大哲学者がなく思想的に停止して世界が停滞している中でも、神託のような非合理なことが起きなければ何も変わらないのではないか。もし非合理な何かが起きれば、従来では考えられなかった在野からの大哲学の出現もあり得るのだ。

 似たような例を他に挙げれば、もし織田信長が少年時代に年下の徳川家康と出会って川遊びをしなかったら、後の信長・秀吉・家康の3代による戦国時代の終焉も江戸幕府の創設も明治以降の近代化も今とはまったく違ったものになっていた。駿府に行くはずの人質家康が尾張に奪還された出来事に神秘性が帯びてくる。

 また、モーツァルトからベートーベン、シューベルトの3代というものもある。それぞれ立派な音楽家だが、特にヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは若い時から世間には衝撃的な「天才」で、神秘的なほどだった。その最期も神秘のベールに包まれていた。1984年の映画アマデウスも大ヒット。このブームからオーストリアのファルコが一風変わったラップを発表。すると瞬く間に世界中に広がり、全米でも1985年早々に、英語以外の曲としては初の1位を獲得した。

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